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罪もなく標的となる不条理に空虚(うつろ)となりて民衆(たみ)は立ちおり
 
 米中枢同時テロのニュースは驚愕だった。こんなことが本当に世の中に起こったのだろうか?…。と、恐怖のおもいでテレビを見ていた。
 その後の米国のアフガニスタンへの特殊部隊や海兵隊、地上部隊の派遣からカンダハルへの空爆、国連のタリバン崩壊後の暫定評議会、暫定行政機構の発足に向けたドイツでの調停など、連日の報道を注意ぶかく見守っていた。が、ウサマ・ビンラディン氏の率いるテロ組織のアルカイダとオマル氏が率いるイスラム原理主義組織のタリバンについては理解しがたいものがあった。
 そもそも、イスラム教についての知識が曖昧なのだから当然である。百科辞典をひもときイスラム教の勉強をした。私の家は先祖から仏教の信徒である。キリスト教の敬虔な信者も知っているし、カトリック系の大学へ進学した後輩もいて、世界三大宗教のうちの仏教とキリスト教についてはある程度の知識はあった。しかし、私の周囲にイスラム教の信者はいなかった。
 イスラム教が顕著な一神教でアラーの他の一切の神仏を認めない戒律の厳しい宗教であることを知ったのは、ごく最近のことである。そして、アラーは全知全能、無始無終の神であり天地の創造主なのだが、人間には、とうていこの神を画像、木像などに表現することができない、とされていることも知った。つまり偶像化できないのである。
 かつて、イスラム原理主義組織のタリバンによって、アフガニスタンの国立博物館収蔵の仏像や歴史的に価値の高い磨崖仏が破壊されたとの報道があったが、偶像崇拝を戒めるイスラムの教えによるものであったことにも気付いた。
 11月末のNHKテレビの“クローズアップ現代”では、米中枢テロの犯人・才知に恵まれたイスラム教徒の青年の過去を辿っていた。彼はエジプトの裕福な弁護士の家に生まれた。エジプトの著名大学で都市計画を学び、さらに欧州の大学院で高度な知識を修得し、祖国の発展に尽くそうとする。が、祖国に就職先は無かった。就職するためには強いコネクションが必要だったのである。彼は社会の不平等に怒りを持つ。そこから、世界の不平等の元凶は自由主義体制の超大国アメリカの繁栄にあると思い込む。
 イスラム教は不平等を許さないのである。そして彼はウサマ・ビンラディン氏の率いるアルカイダと接触するようになったのだろう…。と番組は推測していた。
 米空軍のタリバンに対する空爆はすさまじかった。難民の痛々しい姿に心が締めつけられるようなおもいをした。
 標記の短歌は、1125日(日)の河北歌壇に入選したものである。
 選者の佐藤通雅氏の批評にはこうあった。
 “空爆から逃れて難民となった民衆の様は毎日のように報道されている。その虚脱の姿が「空虚となりて」と描かれる。結句の客観描写もかえって悲惨さを印象づけている”と。
 河北歌壇に掲載される短歌には、米国の報復攻撃を非難するもの、難民に心をいためるもの、過去の戦争の記憶が蘇り、その恐ろしさを詠んだものなどが多くなっている。
 私は短歌という短詩形の文学で自分を表現している。これからもテロリズムを許さず、戦争を憎む。反戦の歌を詠まなければなるまいとおもっている。

荒野には狼のごと狙撃兵反戦和平の声はとどかず

 19614月、ソ連が打ち上げたウォストーク1号でユーリー・ガガーリーン空軍少佐が地球を1周(1時間48分)し、青く美しい地球の印象を感動的に語ってから40年が過ぎた。人工衛星や有人宇宙飛行の技術は格段の進歩をとげた。
今、その技術が戦略にも利用されている。青く美しい地球上で醜い戦闘がくりひろげられているのだ。イスラエルとパレスチナ自治政府の間でも再び紛争が起こった。信仰のためにテロに走った青年と報復のために銃を握る米軍兵士。そして難民…。わが国からは米軍の後方支援のために自衛隊が派遣された。なによりも尊いもの、それは生命である。殺戮は、いかなる理由が有ろうとも悪徳である。
早晩、タリバンは壊滅し、ビンラディン氏は生命を断たれる。それで幕が閉じるのだろうか?。多民族国家のアフガニスタンに第二のタリバンが生まれることは無いだろうか?。米国がテロリズムの脅威から開放される日が来るのだろうか?。わが国は、テロを対岸の火事とみていていいのだろうか?。いつ火の粉をかぶるかもしれないのだ。
宗教指導者たちは立ち上がらなくていいのか?。このテロリズムの奥底にはイスラムの教えがある。世界の宗教指導者たちの英知によって、反戦和平への道をひらくことはできないのだろうかとおもっている。
ことしは庭の山茶花がいつもより多く花を付けた。植木職人が密生していた枝を間引いてくれたからである。日光が枝のすみずみまで当たるし、風通しもいい。花を付ける条件が良くなったのであろう。和風な大振りで濃い紅色の花である。ヒヨドリがやってきて細い嘴を花の奥へさしこみ、たくみに蜜を吸っている。その姿は愛らしいがピイ、ピーヨと大きな声で騒ぎ立てられると興が醒める。
いよいよ西高東低の冬型の気圧配置になり、寒さが厳しくなってきた。師走のせわしい毎日ですが、皆さま、ご健勝で新年をお迎え下さい。

鈍色(にびいろ)の雲たちまちに張り出して西高東低蔵王に荒れぬ



 三十一音の韻律の文学の魅力にはまって三年になる。平成11年上期の河北歌壇賞(河北新報社・佐藤通雅選)を受賞した。
 短歌を勉強すればするほど、類形的でまとまりすぎて新鮮味がなくなった。表現が古めかしくて色褪せてきた…などと言われるようになった。むずかしいものである。「歌は人である」と言われるが、色褪せた自分にどんな春の彩りをそえて旬の短歌を作ろうか…と考えている。
柴田町船岡在住・渡辺 信昭