散策に絶好の季節になった。朝の4時30分には辺りが明るくなって、早朝の散策を楽しむ私にとっては、此の上ないシーズンである。連休で周囲の田圃の田植えも終わった。早苗田には生命が横溢(おういつ)している。田圃の中の道を行くと、若々しい生命の“おすそわけ”にあずかり、私も若やいだ気持ちになる。
早苗田を吹く風は、緩急に強弱に、あるいは遠近にと苗をそよがせながら、さまざまな“形”を見せてくれる。 私の散策には3つのコースがある。 @一目千本桜で有名な白石川へ向かうコース。(自宅から北へ向かう。) A阿武隈川の手前の東船岡小学校まで行くコース。(東へ向かう。) B陸上自衛隊の駐とん地へ向かうコース。(南へ向かう。) …だが、いまはAのコースが楽しい。 4時20分〜30分には家を出発する。阿武隈高地の山の端が、もう濃い茜色にそまっている。それから日が昇るまでの東の空の色の変化は、グラスに注いだ赤ワインを少しずつ薄めてゆく(そんなことをしたことも無いが…。)と、あるいは、この空の色に似た色の変化になるかもしれないぞ…。などとおもいながら、茜色を目ざしてゆく。黄金色になって、白金色になると、たちまち太陽が昇る。旭光を全身にあびながら東船岡小学校に到着して、休まず帰りのコースへ出る。(休息をとると、体のリズムが変わって、走行が乱れるのだ。)上名生(かみのみょう)集落の鎮守の神さま、八幡神社の裏道を蔵王連峰を眺めながら帰ってくる。 その途次に麦を植えた畑が一反歩ある。 穂が出た麦の丈は65cmで穂の長さは15cm(5月7日現在)ある。私は麦畑が好きだ。いま、青々としている麦が、まもなく詩情あふれる麦秋をむかえる。あの風情に魅了されるから、私は麦畑が好きなのかもしれない。 仙台市へ行く電車の窓から注意して周囲を見てゆくが、麦畑を目にすることは、ほとんど無くなった。 麦の需要が少なく、栽培しても採算がとれないのである。 私の散策コースで、ただ一反歩だけの麦の成熟をいまは楽しみにしている。 ところで、麦畑の手前の八幡神社を昨年7月15日号で紹介した。そのとき、神社の境内を歩測して、おおよその広さを書いた。私の歩幅を45cmとして計算したのだが、これが大間違いだったのである。心からお詫びして訂正させていただく。 実は最近、10mを数回歩いて私の歩幅の平均値を計算したのである。なんと、62cmが正しい歩幅であった。八幡神社の境内は東西が27歩で南北に40歩あった。そこで、あらためて計算してみると @東西が27歩×歩幅62cm=16m74cm(で、7月15日号では12mとした。) A南北が40歩×歩幅62cm=24m80cm(で、同じく18mとした。) 以上が正しい計算になる。ご勘弁を願いたい。 先日、所用で仙台市へ行った帰りに“男の生活の愉しみ・宮脇檀著(発行・PHP研究所)”という単行本を買ってきた。建築家の宮脇檀(みやわき・まゆみ)氏のエッセイ集だが、中に「人体という物差し」という興味ぶかい話しがあった。 (1)ノアの方舟(はこぶね)のこと。 旧約聖書の「創世記」にノアの方舟の大きさが記してあって、長さは300、幅50、高さが30キュービットだった。というのである。私はキリスト教徒ではないが、ノアの方舟は識っていた。1キュービットとは、肘(ひじ)から指先までの長さの単位だという。 私の“ひじから指先までの長さは42cm”である。私の1キュービットの42cmでノアの方舟の大きさを計算してみると、 @船首から船尾までの長さは300キュービット×42cm=126m A幅を甲板の幅と考えて50キュービット×42cm=21m B高さを船底から甲板までの高さとして30キュービット×42cm=12m60cmとなる。 これは15,000トン規模の大型の船舶に匹敵する大きさになるという。和室の6畳間が約10トン(2.83立法m)の体積で(空間)になるというから、6畳間が1,500室あるほどの大きさの船だったのである。 ノアは旧約聖書の「創世紀」の中の人物で、アダムの10世の子孫である。人間が堕落したことに怒った神が大洪水を起こそうとしたとき、正直者で汚れの無いノアを救おうと神は考えた。そしてノアの方舟を作ることを命じる。 方舟に乗ったのは、ノア夫婦と3人の息子とその妻。それに種を絶滅させないために各種の動物の雌雄2匹ずつ。それに食糧を積んで難をのがれさせた。方舟はトルコのアララット山頂に漂着して人類は生存することができたのである。 (2)人体を基準にした物差しだが、布を測るヤールも腕から生まれた単位である。 布の先端を腕ではさみ、指先までの長さを測るのである。親指の長さが1インチ。わが国では、両手を広げて指先から指先までを1週間とした。ひじから手首までが1尺である。 先人の知恵だが、旅先などで私は多用している。が、歩幅の62cmを42cmに間違っては元も子も無いというもの。基準になる体の部分を正しく計測して、これからも役立てようと思っている。 いま、遠くで春雷がとどろいた。蔵王の空のあたりである。
三十一音の韻律の文学の魅力にはまって三年になる。平成11年上期の河北歌壇賞(河北新報社・佐藤通雅選)を受賞した。
短歌を勉強すればするほど、類形的でまとまりすぎて新鮮味がなくなった。表現が古めかしくて色褪せてきた…などと言われるようになった。むずかしいものである。「歌は人である」と言われるが、色褪せた自分にどんな春の彩りをそえて旬の短歌を作ろうか…と考えている。 柴田町船岡在住・渡辺 信昭
|