仙台市へ出向く用件の1つで富沢公園(仙台市太白区)の傍の事務所を訪問する。午前10時ごろまでには用件が終わる。それから1時間ばかりを私は公園で過ごす。
富沢公園は仙台市体育館の東側に位置し、学校の校庭ぐらいの広さが優にある。公園の北側には野球のグランドが有って、夏休みには付近の子どもたちがソフトボールを楽しんでいた。 このバックネット裏に1m四方ぐらいのテーブルが2基ある。コンクリート製の頑丈なもので、地中に基礎が埋められている。腰掛けもコンクリート。ミカン箱のような形の腰掛けが1つのテーブルに4基ずつ設置してある。悪戯されても壊れないようにコンクリート製にしたのであろう。私には、このテーブルがとても重宝なのである。腰を下ろすと夏はお尻が暑かったが、11月10日(金)に訪れたときには冷たかった。 公園の樹木の紅葉のようすや周囲のマンションを眺めて過ごす。地下鉄の富沢駅を出発した電車が公園の東側で地下へ潜り込んでゆくのを見ているのも面白い。公園の欅は葉がすべて茶色に変色し、切れ目無く散っている。散る順番が決まっているかのように、次々に落下する。 高木の柳の葉がまだ緑色で変色する気配がなかった。<秋には、どんな色になるんだっけ>とおもった。町内を流れる白石川にも柳は川沿いに数多く茂っている。少年時代から川釣りに親しんで来たのですぐに判るはずだが、あまりにも身近な樹木なので、注意ぶかく見たことがなかった。<たぶん、黄色に変色して散るはずだった>と極めつけた。 仙台市体育館とグランドの間には6mばかりの通路が有って、グランド側に樹木が植えてある。垂れ桜や満天星(ドウダンツツジ)が鮮やかに朱にそまっていた。高さが2mぐらいある大株の萩の葉が黄色に変色し、静かな風情をただよわせている。 公園の南端に高木のプラタナスがあって、葉が黄色に変色しはじめていた。大ぶりな葉の色づくようすが見たくて、幹に背をもたせて真下に立った。プラタナスを真下から見たのは初めてである。枝張りが巧緻な芸術作品のようである。東西南北に張り出している枝のバランスとその間隔。枝分かれし。また枝分かれしてゆく先端は、まことに繊細で美しい。そして互い違いに茂っている葉。 この樹木の下にいつまでもいると、プラタナスの精霊の虜になってしまいそうであった。風がプラタナスを揺らしはじめた。葉擦れの音が私を包んだ。「ササササ…」「カサカサカサ…」「スススス…」というような音が混ざり合った形容しがたい音がする。乾燥して、ささくれ立った音に聞こえた。<冬の音だ…>とおもいながら、葉擦れの音を聞いていた。 地下鉄の富沢駅の方からビニール袋を下げた、小柄なおじいさんがやってきた。80歳ぐらいの方である。手に長い火箸(石炭や薪を燃やすストーブが有ったころに使っていた火箸に似ていた。)を持って、ゴミを拾いながら歩いてくる。空缶が5〜6個袋に入っていた。 私がバックネット裏のテーブルへもどってプラタナスの葉の様子や風の音の印象をメモしていると、おじいさんが近付いてきた。「ごくろうさまです」と声を掛けると、ペコリと頭を下げてくれた。 体育館の方向がにわかに騒がしくなってきた。中学校の2〜3年生だろうか、ブルーのジャージー姿の生徒達が100人ぐらい先生に引率されてやってきた。上着の肩から袖へ、それからパンツのサイドに白線が入っている。生徒たちは体育館のわきにある2〜3段の階段に腰を下ろしておしゃべりをはじめた。 おじいさんが体育館の前の植込みのゴミを拾い始めたときである。「こんにちは」と1人の女子生徒がおじいさんに挨拶した。すると、次々に生徒たちが挨拶しはじめた。そのたびに、おじいさんは帽子をとって、声の方におじぎをする。最後には、生徒たちが声を合わせて「こんにちは」と大声で挨拶したのである。おじいさんは帽子をとって何度も頭を下げていた。 「こんにちは」という言葉を、これほど感動的に聞いたことは無い。なんと美しい言葉だろうか、とおもった。 知人に会えば、私も「こんにちは」と挨拶する。が、それを、符号か符丁のように使ってはこなかっただろうか?…。 少年と少女たちが、おじいさんに挨拶した「こんにちは」は光り輝やいている言葉だった。少年と少女たちとおじいさんの間に、なにか崇高なものが通い合っているようにおもえた。 私は公園を後にし、地下鉄で長町駅へ向かった。 あの場に居合わせたことがうれしくて、地下鉄駅のエスカレーターを3〜4段、子どものように駆けあがって街へ出た。 三十一音の韻律の文学の魅力にはまって三年になる。平成11年上期の河北歌壇賞(河北新報社・佐藤通雅選)を受賞した。
短歌を勉強すればするほど、類形的でまとまりすぎて新鮮味がなくなった。表現が古めかしくて色褪せてきた…などと言われるようになった。むずかしいものである。「歌は人である」と言われるが、色褪せた自分にどんな春の彩りをそえて旬の短歌を作ろうか…と考えている。 柴田町船岡在住・渡辺 信昭
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